災害看護で見落とされがちな女性の“トイレ問題”とは?看護師が伝えたい現場のリアル

公開:2026.06.10

「もし、大きな地震が起きたら…」

そのとき、最初に何を思い浮かべますか?
食料の備蓄、水の確保、避難場所の確認——おそらく、多くの人がそう答えるのではないでしょうか。

内閣府が2025年に実施した世論調査によると、「飲料水」を備蓄している人は69.8%、「食料品」は59.8%。一方、「携帯トイレ・簡易トイレ」は27.2%と低い数字にとどまっています。

でも実際に被災者がもっとも困ったこととして繰り返し挙げるのは、トイレ問題です。

発災後6時間以内にトイレに行きたくなった人の割合は、阪神・淡路大震災で94.3%、東日本大震災で66.7%、熊本地震で72.9%(出典:日本トイレ研究所)。このような状況は、避難初期から排泄問題が深刻であることを示しています。食料や水よりも早く、排泄の問題はやってきます。

そこで、この記事では、災害看護の視点から見た「女性のトイレ問題のリアル」と、今日からできる備えをお伝えします。

災害時に女性に起きる“見えない健康リスク”

災害時、トイレはなぜ使えなくなるのか

日本トイレ研究所によれば、仮設トイレが避難所に届くまでには早くても3日はかかります。その間、避難している数百人が、限られた簡易トイレを共有しなければなりません。

「トイレに行けないから、水を飲まない」我慢が引き起こす健康被害

トイレ問題の中でも、女性が受ける影響はとりわけ大きい傾向にあります。その背景には、生理的・心理的・構造的な理由が複合しています。

生理用品の交換・廃棄場所が確保されていないこと、夜間の防犯への不安、男女共用環境での羞恥心——こうした女性固有のハードルが重なると、トイレに行く回数を減らすために「水を飲まない」という選択につながりやすくなります。
こうした状況が、膀胱炎・尿路感染症・脱水・エコノミークラス症候群といった体調悪化の引き金になる可能性があります。

「トイレがあるのに、使えない」災害看護師が感じた災害現場のリアル

実際の災害現場では、何が起きているのでしょうか。
災害時の女性トイレ問題に向き合い続けてきた、看護師・防災士の髙野明子さんに、話を伺いました。

髙野明子
合同会社BOUKEN 代表社員、看護師・防災士

看護師として医療現場に携わる傍ら、災害時の女性の排泄環境や健康課題の啓発活動に取り組む。女性向け携帯トイレ「Chiicup®」の開発者(特許取得済)であり、女性の災害時トイレ研究家として講演や情報発信を行う。品川区ビジネスコンテストファイナリスト、千代田区立生涯学習館 防災セミナー講師、日本トイレ協会会員。

16歳のときに新潟中越地震の被災地を訪れた経験を原点に、防災と看護の両面から災害時の健康被害を研究。排泄の我慢がエコノミークラス症候群や誤嚥性肺炎などのリスクにつながることに着目し、誰もが安心して排泄できる環境づくりを目指して活動している。

設置数では解決しない「使えないトイレ」の現実

髙野さんが指摘するのは、災害時のトイレ問題は「設置数の問題ではない」という点です。

「設置数は足りていても、遠い・暗い・男女共用で入りづらいなどの理由で、特に女性や高齢者が使えず、結果として我慢が起きます。避難所では無意識に水を飲まない、回数を減らすといった行動が広がり、脱水・便秘・感染症につながっていきます。(髙野さん)」

さらに深刻なのが、プライバシーと尊厳の問題です。

「人目・音・においへの不安が大きく、心理的ハードルが非常に高い。ここが担保されないと、どんな設備も使われません。(髙野さん)」

そしてもうひとつ、見落とされがちな課題として髙野さんが挙げるのが、発災直後から仮設トイレが整うまでの“空白時間”です。この数日間、代替手段が十分に行き届かないことで、健康リスクが静かに拡大していきます。

また、利用者の属性(高齢者・女性・子ども・障がいのある方)によって「使える条件」が異なるにもかかわらず、設計は画一的になりがちだと髙野さんは指摘します。結果として「設置すること自体」が目的化し、実際には使われないトイレが生まれています。その構造が、見えにくい「我慢」を生み続けているのです。

災害時のトイレ問題は、設備不足よりも「使えない環境」が生み出す健康問題です。この「我慢」が前提になっている構造そのものを変えていく必要があります。

看護師が発案。必要なときにすぐ使える携帯トイレ「Chiicup®」

「災害現場におけるトイレ問題は生活の不便ではなく、実際には排泄の我慢や水分制限が健康被害を引き起こす、医療的配慮が必要な領域です。重要なのは“その場にあるか”ではなく、“すぐ使えるか”という視点が重要だと考えました。(髙野さん)」

この課題意識から生まれたのが「Chiicup®」です。

Chiicup®は、髙野さんが開発した女性や高齢者の排泄困難に着目して開発されたカップ型の簡易トイレです。
立位・座位のいずれでも使用でき、ビニール袋と凝固剤を組み合わせることで、においを抑えながら衛生的に排泄できます。
日常的に携帯し、必要なときにすぐ使えることで、災害時における“我慢しない選択”を可能にするデザインが特徴です。

Chiicup®を使った方からは、こんな声が届いています。

立ったまま小も大もでき、ポータブルトイレの代替としても活用できると感じた
——40代女性・ケアマネージャー

医療支援する側にとってもトイレの確保が重要だと実感した。ちぃかっぷはリュックに1枚でかさばらず、非常に実用的だった
——50代看護師・災害派遣医療従事者(2025年3月 災害医学会発表)

Chiicup®は、被災者だけでなく、支援する側の看護師にとっても「使える備え」になっています。

「災害看護」の視点で考える予防医療。排泄を見守ることは、命を見守ること。

髙野さんが現場で見てきた問題は、環境や構造そのものに根ざしています。だからこそ、「災害看護」という専門的な働き方が必要とされています。

救命だけじゃない——「災害看護」が担う幅広い役割

「災害看護」とは、大規模災害のときに被災者の命と健康を守るための看護実践全般を指します。急性期の救命処置から、避難所での慢性疾患の管理、心のケア、衛生環境の整備まで、幅広い場面で活動しています。

DMAT(災害派遣医療チーム)やDPAT(災害派遣精神医療チーム)、DHEAT(災害時健康危機管理支援チーム)、日本看護協会が派遣する災害支援ナースなど活動の場は多岐にわたり、看護師として災害に関わる入口は思っているよりたくさんあります。

トイレ環境を整えることは「予防医療」看護師ならではの視点

看護師は日々の仕事の中で、排泄を「バイタルサインのひとつ」として見ています。尿の量・回数・色の変化は、脱水や感染、腎機能の低下を示す大切なサインだからです。

それは避難所でも変わりません。
「水を控えているから尿が出ない」
「ずっと便秘が続いている」
そういう声は、看護師にとってれっきとした健康危機のサインです。だからこそ、トイレ環境を整えることは「生活の快適さ」の話ではなく、病気を未然に防ぐ予防医療として捉える必要があります。

髙野さんは、この視点をより広い文脈で語ります。

今後の災害時のトイレ対策は、「数を確保する」から一歩進み、健康を守るための”予防的な医療インフラ”として位置づけ直すことが必要だと考えています。現状はハード整備が中心ですが、排泄を我慢することによる脱水や感染症など、二次的な健康被害が見過ごされがちです。看護の視点では、これらは事後対応ではなく、本来未然に防ぐべき課題です。(髙野さん)

そのために必要なのは、避難所の整備を待つだけでなく、個人がすぐに使える手段を持つこと。そして女性や高齢者など要配慮者の視点を標準とした設計や、「持ち歩く」「すぐ使える」を当たり前にする文化づくりだと髙野さんは言います。

排泄を見守ることは、命を見守ること。それは、病棟でも避難所でも、変わらない看護の基本です。

今日からできる「トイレ防災」備えるべきもの、知っておくべきこと

看護師が現場で声をあげ続けることも大切ですが、私たち一人ひとりにもできることがあります。髙野さんはこう語ります。

災害時の排泄対策は、特別なものではなく、日常の延長で備えることが重要だと考えています。(髙野さん)

特別な準備が必要なわけではありません。まずは身近なところから始めてみましょう。

まず揃えたい、トイレ防災の備蓄リスト

災害時に備えて揃えておきたい防災備蓄は以下のとおりです。

  1. 携帯トイレ(凝固剤入りビニール袋タイプ):家族人数×5回×7日分
  2. 防臭袋:使用済みトイレの密封・匂い対策に
  3. 女性用排泄補助具(Chiicup®など):立った状態で使えるカップ型で、衛生的かつプライバシーを守れる
  4. 生理用品の余分なストック:生理周期に合わせた備蓄を
  5. 簡易テント・目隠しシート:プライバシー確保のため

内閣府は、1人あたり1日5回の排泄を目安に、7日分の携帯トイレの備蓄を推奨しています。4人家族なら140回分が目安。意外と多いと感じるかもしれませんが、1週間トイレが使えない状況を想像すると、納得できる数字ですね。

備えは日常の延長「使ってみる」「想定しておく」が備えを育てる

備蓄は大切ですが、あくまでスタート地点。髙野さんは「実際に使ってみること」が大事だといいます。

まず携帯トイレを防災リュックに入れるだけでなく、実際に一度使ってみてください。使い方や不安を事前に知っておくことで、いざというときに「使える備え」になります。(髙野さん)

もうひとつ、髙野さんが大切にしているのが「行動の変化を想定しておくこと」です。災害時は、環境だけでなく自分の行動パターンも変わります。「トイレに行きづらくなるかもしれない」という前提で、普段から水分を意識的に摂る習慣や、排泄のリズムを把握しておくことが、いざというときの健康を守ることにつながります。

まとめ

災害時のトイレ問題、あまり意識していない方も多かったかもしれません。

でも、「トイレがあるのに使えない」という構造的な問題を変えていくことは、社会全体で取り組むべき課題です。

一方で、個人としてできることもあります。

「トイレの備え」を防災の選択肢のひとつに加えること、そして知っている人が周りに伝えていくこと。その積み重ねが、少しずつ状況を変えていきます。

まずは携帯トイレを、防災ポーチに。

「災害のとき、トイレってどうするか考えてる?」

そんな一言から、誰かの備えが変わるかもしれません。


●出典:
・内閣府「防災に関する世論調査(令和7年8月調査)」
・日本トイレ研究所「災害時におけるトイレ対策の基本的考え方・前編|トイレ問題は待ったなし」
・内閣府「防災情報ページ」

●執筆:朝倉ゆき

Nurse Life Mix 編集部 Nurse Life Mix 編集部

Nurse Life Mix 編集部です。「ライフスタイル」「キャリア」「ファッション」「勉強」「豆知識」など、ナースの人生をとりまくさまざまなトピックスをミックスさせて、今と未来がもっと楽しくなる情報を発信します。

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