コロナ禍、昼営業の酒場にて。

公開:2024.10.09

夜明けとともに紡がれる、看護師たちの物語。
長い夜勤を終え、スクラブを脱ぎ、疲れた足を引きずりながら帰路につく。疲れを癒すのは、夜勤明けの一食「明け飯」です。冷えたピザを急いで頬張る者もいれば、家族の愛情が詰まった栄養満点の朝食を楽しむ者も。

「明け飯」には、単なる空腹を満たす以上の意味があるのかもしれません。安堵感、達成感、時には寂しさや切なさ。様々な感情が交錯する、特別な時間。

特集「明け飯の話」では、看護師の皆さんの心に刻まれた「夜勤明けのご飯」にまつわるエピソードをお届けします。

第2回は、田舎の病院でICUに勤務する30代・ゆきかさんのエピソードです。

コロナ禍、昼営業の酒場にて。

ICUの窓から朝日が差し込みはじめ、患者さんや看護師の動きが活発になる頃、なかなか休憩に入れなかった私の長い夜勤が終わろうとしていました。

コロナ禍の真っ只中。ECMOや人工呼吸器を装着した重症患者さんへの看護は、日頃対応しているとしてもときに身も心も疲弊させるものがありました。慣れない防護具に身を包み、「自分も感染したら…」という不安を押し殺しながら働く日々。

緊張や不安が続くなかで、「明け飯」は特別な意味を持つようになりました。しかし、医療者への風当たりが強くなり、その小さな楽しみさえも奪われそうになっていました。「◯◯病院の近くで看護師らしき人たちが会食している」という密告じみた声が上がり、美食とお酒を愛する私にとって、それはつらい現実でした。

その夜勤明けの日、ひとりでなら…と思い切って足を運んだ昼だけ営業している酒場。そこで出迎えてくれたのは、父親世代くらいのマスターがひとり。

「いらっしゃい、どうぞ。この時期だから体温とご連絡先だけ書いてもらって。お酒はこんな感じで。他のメニューは壁に貼ってある通りです」

店内ではジャズが流れていて、一枚板の長いカウンターテーブルには私とマスターのみ。その温かな対応に、緊張が解けていくのを感じました。

まずは地元のクラフトビールを注文。

「こんなに美味しかったかな…」

と、新人時代の頃に同期と飲んだ一番美味しかったビールの記憶が蘇ります。マヨネーズたっぷりのマカロニサラダは、疲れた体に染み渡ります。

「看護師さん?介護士さんかな?ちょこちょこうちにも来てくれるんだよね」

というマスターの言葉に、少し気が楽になりました。

追加で注文した地元の日本酒。日本酒の美味しさに再度感動しながらも、頼んでいたおにぎりと味噌汁セットが出てきて、一気にお腹が空いていることに気づきました。

まずは味噌汁をひと口。出汁の美味しさと海苔のいい香り、そして昼間からお酒を飲む背徳感を感じながら、「でも夜勤頑張ったし!」ともぐもぐと食べていると、その様子を見て嬉しそうに笑い、話すタイミングを待ってくれていたマスター。

「みなさんの仕事があってこそ、こうやって営業できる。みなさんみたいに頑張ってくれる人がゆっくりできるお店にしたいんだよね」

その言葉に、目頭が熱くなりました。マスターのマスクの下の顔はわからなかったけれど、目尻のしわで微笑んでくれているのがわかり、たわいない話をしているとあっという間に時間が過ぎていました。自分は十分頑張っている、無理せず頑張りすぎず、またぼちぼちとやってみるか。

それから2年後。感染症分類は変わり、マスターの髭が見えるようになった今も、私は変わらずこの店に通っています。お店は、性別も年齢も国籍もさまざまな方々がふらっと訪れ、一期一会があります。それは誰でも受け入れてくれるマスターの人柄なのだろう。

私はというと、大学院で「看護師がコロナ禍を経ても仕事を続ける意味」について研究をしています。

振り返れば、この「明け飯」は単なる食事ではなかったかもしれません。マスターの温かな笑顔、カウンターに並ぶお酒や料理たち。それは、ほっと一息つく瞬間であり、新たな挑戦への原動力となり、自分を認める大切な時間でもありました。お腹だけでなく、心も満たす大切な栄養だったのだと…。

これからも、この「明け飯」の時間が、多くの医療者の心の支えとなることを願いながら、私は今日も仕事へと向かいます。明けの光と共に訪れる、あの味わい深い時間を楽しみに。

企画:ナースライフミックス編集部
編集:白石弓夏
イラスト:こんどうしず
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