あの患者さんと、野菜炒め定食。

公開:2025.03.04

夜明けとともに紡がれる、看護師たちの物語。
長い夜勤を終え、スクラブを脱ぎ、疲れた足を引きずりながら帰路につく。疲れを癒すのは、夜勤明けの一食「明け飯」。

「明け飯」には、単なる空腹を満たす以上の意味があるのかもしれません。
安堵感、達成感、時には寂しさや切なさ。様々な感情が交錯する、特別な時間。

特集「明け飯のはなし」では、看護師の皆さんの心に刻まれた「夜勤明けのご飯」にまつわるエピソードをお届けします。

第6回は、新潟県で老健(介護老人保健施設)の看護師として勤務する40代・はなさんのエピソードです。

あの患者さんと、野菜炒め定食。

私は食べることが大好き。夜勤明けには、身体の欲するままに食事を選ぶのが習慣だ。米どころとして有名な我が郷土の新潟だが、実はラーメンの名店も数多く、高確率でラーメンを選んでしまう。

あの日の朝、いつもは寡黙な女性患者さんと、珍しくおしゃべりに興じていた。

「明けたらラーメン食べようと思って」と話したところ、彼女が意外な過去を明かしてくれた。

「若いころ旦那と一緒に居酒屋を経営していたのよ。旦那が亡くなってからは1人で切り盛りしていてね…」

彼女の目が懐かしそうに輝いた。

「野菜炒めが人気だったの。居酒屋なのにね」

「えっ、食べてみたかったです!レシピ教えてください!」

「そんなのあるわけないじゃない」と彼女は笑った。

その日の夜勤を終え、ふと思い立ってSNSのフォロワーに教えてもらった町中華の名店へ。

さっそく野菜炒め定食を注文した。なんだか懐かしい味に、彼女との会話を思い返していた。

しかし、数日後に出勤すると、彼女はすでに旅立った後だった。

私との会話の直後に急変したという。

看護師として人の死であまり感情を動かされることはなくなっていたはずなのに、胸がチクリとした。

彼女とやりとりした最後の朝を思い出すと、昔話をする彼女の表情はとても穏やかだった。

気難しいと言われていた人だったので、私たちが無意識に距離を置いていたのかもしれない。
でも、あの朝の何気ない会話が、その人を本当の意味で“知る”きっかけになった。

今でも、仕事に疲れ、看護の仕事に嫌気が差しそうになると、あの町中華に足を運ぶ。

野菜炒め定食を前に、あの朝の彼女の笑顔を思い出す。

理想の看護なんて高尚な思いはないが、この明け飯が、「よし!」と自分を奮い立たせる力をくれるのだ。

企画:ナースライフミックス編集部
編集:白石弓夏
イラスト:こんどうしず
Nurse Life Mix 編集部 Nurse Life Mix 編集部

Nurse Life Mix 編集部です。「ライフスタイル」「キャリア」「ファッション」「勉強」「豆知識」など、ナースの人生をとりまくさまざまなトピックスをミックスさせて、今と未来がもっと楽しくなる情報を発信します。

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