「たわいない会話の中に、看護はある」声にならない声に耳を澄ます医療者を目指して
公開:2026.03.23
だからこそ、生活に寄り添う看護の役割は大きい。
「看護師である私は“生活”にも関わっていきたいんです」
小林千夏さんはそう語る。
臨床、海外、研究、地域活動とキャリアを重ね、「治療」から「予防」へと視点を広げてきた。
彼女が目指す医療のカタチとは何か。話を伺った。
置いていかれた夏、ナースという存在に救われた
ーー看護師を目指したきっかけを教えてください。
中学2年のときに、怪我で入院したことが大きなきっかけです。
部活中に靭帯を痛めてしまい、3か月ほど治療に専念することになりました。バスケットボールが大好きだったので、仲間たちが練習を重ねてどんどん上達していくなかで、自分だけが取り残されていくような感覚に陥りました。焦りや悔しさもありましたが、その気持ちを誰かに打ち明けることはできませんでした。
そんな中、そばにいてくれたのが、担当の看護師さんだったんです。
特別な言葉をかけられたわけではないのに、その存在が心を少しずつ癒してくれました。
「いつか自分も、この人みたいになりたい」
そう思うようになったのが、看護師を目指した原点です。
ーーそこで、ナースになるという夢が見つかったんですね。病院で働き始めた頃のことは覚えていますか?
最初の3年間は、消化器・神経内科病棟で、がんや難病、終末期の患者さんと向き合いました。
もともと海外への関心もあり、「もっと視野を広げたい」と思うようになり、休みがあれば海外へ足を運びました。カンボジアで医療ボランティアに参加したり、世界一周をしながら現地の病院や暮らしを見たりする中で、人の暮らしや生活そのものに寄り添いたいという思いが、次第に強くなっていきました。
ーーその後、働くフィールドや学びの場も広がっていったそうですね。
はい。上京後は訪問看護やオペ室での勤務を経験しました。また、長崎大学大学院の熱帯医学コースでグローバルヘルスを学び、研究にも携わりました。
地球温暖化の影響で、これまで中国を中心に見られていたウイルスを持つダニが、日本でも広がりつつある……。そうした感染症や公衆衛生を学ぶ中で、「治療」だけでなく「予防」という視点に強く惹かれるようになりました。
現在は修士課程への進学も視野に入れ、次のステップを模索しているところです。
病院の外で、人の暮らしに触れるという選択
ーー最近、注力している活動はありますか?
「すみだ青空市ヤッチャバ」で、事務局として地域のコミュニティづくりに関わっています。
ヤッチャバは2010年に東京農業大学の学生達が任意団体として始めた活動で、毎週土曜日に新鮮な野菜などが集まるマルシェです。一次産業が乏しいと言われる墨田区で、場を通じて人とのつながりや、子どもたちへの食育の機会を届けています。
ーー関わり始めたきっかけは何だったのでしょうか?
病棟で働いていた頃から、ずっと考えていたことがありました。
「人は地域の中で生活しているのだから、病院に来る前の段階で予防できるアプローチがあれば、病気になる人を減らせるのではないか。だったら、看護師である私は、もっと“生活”のほうに関わるべきなのではないか」
そんな思いを抱えながら街を歩いていたとき、偶然出会ったのがヤッチャバでした。赤ちゃんからお年寄りまで、さまざまな世代が自然に集まっている光景を見て、「ここでなら何かできるかもしれない」と感じたのです。
ーー定期開催のイベントだと、徐々に住民さんと顔見知りになっていけそうですね。実際に運営に入ってみて、いかがでしたか?
会場で、血圧測定をしていた時期がありました。出店者さんや常連さんの血圧を測りながら、他愛もない会話を交わす。そんな何気ない時間です。
けれど、その会話の中で、「実はね……」と日常の一端がふとこぼれることがある。
ひとり暮らしなのか。どんな生活をしているのか。最近困っていることはないか――。
定期的に顔を合わせ、少しずつ関係を重ねていく。その積み重ねの中に、地域でできる看護のあり方があるのだと感じるようになりました。
言葉にならない思いに、耳を澄ませる
ーーナースとしての自分と、ひとりの自分に共通している価値観は何だと思いますか?
私が一番大事にしているのは、「人とのつながり」です。
中学時代に出会い、ナースの道を切り開いてくれた看護師さん。
働き始めてからご指導くださった先輩看護師、そしてケアを通じて多くを学ばせてもらった患者さん。
これまで失敗もたくさんしてきましたが、その一人ひとりとの関わりがあったからこそ、今の私があります。
そしてそのつながりは、これからどんな看護師でありたいかを考えるときの、大切な指針になっています。
ーー「人とのつながり」を実感した、患者さんとの印象的なエピソードはありますか?
長期入院していた中年の男性患者さんのことは、今も忘れられません。
その方はいわゆる“問題児”と呼ばれていて、他の患者さんと口論になったり、無断で病院を抜け出してしまったりすることもありました。でも、関わる時間が増えるにつれて少しずつ距離が縮まり、恋愛相談を聞いてくれたり、誕生日に売店で買ったリップクリームをプレゼントしてくれたり。とても可愛がっていただきました。
ーーその後、どうなったのですか?
体調が悪化し、次第に寝たきりとなり、言葉を交わすことも難しくなっていきました。
床ずれを防ぐために、数時間ごとに体位変換を行っていましたが、整えても整えても、気づくと身体が左側を向いているんです。
そのとき、元気だった頃に「この窓から、自分の家が見えるんだよ」と話してくれたことを思い出しました。
……もしかしたら、この方は家の方を向いていたかったのかもしれない。
そう思った瞬間、胸がいっぱいになりました。言葉にはできなくても、その人の思いを受け取れたような気がしたんです。
ーー「人のつながりを大事にする看護の在り方」に触れた瞬間ですね。
患者さんに寄り添ううえで、何気ない会話や日々の積み重ねがどれほど大切かを、あらためて実感しました。
病棟看護師時代は、担当が決まっていて“関わらざるを得ない関係”でもありました。でも今は、自らの意思で「関わりたい」と思って人とつながっています。
その違いに気づけたことが、自分の軸をよりはっきりとさせてくれました。
やりたいことには、期限がある
ーー今後、挑戦してみたいことや、描いている未来について教えてください。
グローバルヘルスをさらに学び、「人々が自分らしく暮らせる世界をつくること」に取り組んでいきたいと考えています。生まれた場所や住んでいる地域の違いによって生じる医療格差を、少しでも減らしたいです。
カンボジアで病気の方々と関わる中で、言葉が通じず、意思表示が難しい場面に多く直面しました。けれど、赤ちゃんの表情ひとつで「つらい」が伝わる瞬間もあったんです。
その経験から、「コミュニケーションは言葉だけではない」と強く感じました。
肩書きや立場よりも大切なのは、「声にならない声を聞こうとする姿勢」。
その感覚を持ち続けられる医療者でいたいと思っています。
ーー未来のナースや後輩たちに、伝えたいことはありますか?
私自身、やりたいことを後回しにしてしまうタイプでした。
「今は忙しいから」「もう少し落ち着いてから」と思っているうちに、患者さんのお見舞いに行こうとしていたその翌日に、訃報を聞いたことがあります。
そのときに、「やりたいことには期限がある」と気づきました。
ーー「やりたいことには期限がある」……?
明日やろう、1年後にやろうと思っていることが、本当にそのときできるかどうかは、誰にも分かりません。
だからこそ、やりたい気持ちには、もっと忠実でいていい。少し貪欲なくらいでちょうどいいのだと思います。
もし今、何かに悩んでいるなら、一度立ち止まって原点を振り返ってみるのもひとつの方法です。いきなり大きなことを成し遂げなくてもいい。小さな一歩からで十分です。
私自身も、キャリアを逆算して歩んできたわけではありません。進みながら、その先の道が少しずつ開けてきたタイプです。
未来は、案外そんなふうに形になっていくのかもしれません。
プロフィール
小林 千夏
看護師・国内旅行業取扱管理者・すみだ青空市ヤッチャバ事務局
看護師として病院での勤務を経験し、小さな違和感や疑問にも丁寧に向き合いながらより良いケアを探求してきた。現在は地域の中で人々が健康に、自分らしく暮らせる方法を模索し、予防の視点を大切に活動している。また、世界一周で培った多様な価値観を生かし、病気や障害のある方々の移動支援にも取り組み、「誰もが行きたい場所へ行ける社会」を目指している。常に挑戦し続ける姿勢を大切にし、新たな環境や学びを楽しみながら成長を続けている。
Nurse Life Mix 編集部です。「ライフスタイル」「キャリア」「ファッション」「勉強」「豆知識」など、ナースの人生をとりまくさまざまなトピックスをミックスさせて、今と未来がもっと楽しくなる情報を発信します。




















