ダブルケアの現実を、誰一人置き去りにしない。看護師が広げる「自分を削らないケア」という選択
公開:2026.03.24
それは個人の努力や覚悟だけでは解決できない、社会構造の課題でもある。
命や生活を支える現場で働く看護職もまた、その渦中に立つ当事者のひとりだ。
NPO法人こだまの集い代表理事・室津瞳さんも、かつて五人分の生活を抱えるダブルケアの当事者だった。声にならない声を社会に届けたいという想いを軸に、いまも“支援をつなぐ役割”として歩み続けている。
その原点と現在地を聞いた。
30歳目前に選んだ、看護の道
ーーまずは、室津さんがどのようにキャリアを歩んできたのか教えてください。
私のキャリアは、介護福祉士から始まりました。
高校2年生のとき、職業体験で出会った介護福祉士の姿に心を惹かれたのがきっかけです。そこで見た介護福祉士の高齢者一人ひとりに丁寧に向き合う姿が、強く印象に残りました。
けれど、実際に働いてみると別の感情も芽生えていきました。
看取りや急変の場面に立ち会うたび、「医療的な知識があれば、もっと深い関わり方ができるのに」という、もどかしさを感じるようになったのです。
日に日に命に関わる支援の幅を広げたいという想いが少しずつ大きくなっていき、29歳で国立の看護学校へ入学。こうして、看護師としての新たな道が始まりました。
ーー30歳を目前に、大きな決断ですね。看護師として働き始めてからはいかがでしたか?
約5年間、呼吸器に特化した病院で病棟看護師として勤務しました。
夜遅くまでの勤務や緊急入院が続くこともあり、忙しい日々でしたが、その分やりがいも大きかったですね。
そして、結婚や出産を経て、ライフステージが大きく変化しました。先輩方の姿から自分のキャリアの延長線が見えたとき、ふと立ち止まったんです。
「私は、この働き方をこの先も続けていきたいんだろうか」と。
ーーそこから、どのような転機があったのでしょうか。
転機となったのは、介護福祉士時代に出会った98歳の男性のことを思い出したことでした。
奥様とともに容体が悪化していたその方は、何度も頭を下げて、こうおっしゃいました。
「頼むから、僕と妻を家に返してほしい。一生のお願いだから……」
あのとき私は、在宅で最期まで自分らしく過ごすことを支えるには、何が必要なのだろうと考え続けていました。その問いが、ずっと心の奥に残っていたんです。医療的な知識と実践を積んだ今だからこそ、地域で暮らす人の生活を支える看護がしたい。
そう思い直し、在宅生活を支えながら医療の視点も活かせる場所として、デイサービスで働くことを決めました。
当事者になって初めて見えた、ダブルケアの現実
ーー現在、ダブルケアにまつわる活動を精力的に行っていらっしゃいますが、きっかけは何だったのでしょうか。
きっかけは、私自身がダブルケアの当事者になったことでした。
父が末期がんを患い、母も病気が見つかり手術のため入院。両親の介護が必要になったとき、私は第二子を妊娠中で、第一子はまだ3歳。フルタイムでデイサービスの仕事も続けていました。
振り返ると、五人分の生活を同時に抱えているような感覚でした。
フルタイム勤務に育児、妊娠、そして介護。
さらに、自宅と実家のある二県を行き来する日々。
仕事は続けたい。でも、目の前には家族の命がある。
気持ちとは裏腹に優先順位を変えざるを得ない状況に、どこか割り切れない違和感を抱えていました。
ーー当時、「ダブルケア」という言葉はご存知だったのでしょうか?
当時、たまたま「ダブルケア」という言葉に出会いました。
介護医療職向けビジネススクールでの卒業論文としてこのテーマを詳しく調べてみると、当事者が決して少なくない一方で、支援の仕組みが不十分な現状があることを知りました。
制度や相談先は確かにある。
けれど、行政、専門職、当事者それぞれが立場やリテラシーの違いから、まるで異なる言語で話しているように思えたのです。
必要な想いや情報が十分に届かず、うまくつながっていない。
“横断的につなぐ人”がいないのであれば、当事者経験もあり、医療介護の知識も持つ自分が通訳になろう。
そう決意し、ダブルケア支援に関する事業を立ち上げました。
医療従事者から起業へ。経営者への挑戦
ーー「こだまの集い」では、実際にどのような活動をされているのでしょうか。
現在の活動は、大きく分けて3つあります。
①セミナーや執筆を通じた啓発活動
②当事者同士の集いの場「ダブルケアカフェ」の運営
③教育・人材育成
特に②では、地域包括支援センターと連携し、行政相談窓口へのつなぎ方や、実際に相談する際のコミュニケーションや言葉の選び方まで伴走しています。
ダブルケアは、「大切な家族である子と親、どちらを優先すべきか」という葛藤に加え、育児・介護・障害などの制度の狭間で支援が届きにくいという複雑な側面を持っています。そのため、当事者は「何が分からないのかすら分からない」という出口の見えない状態に陥りやすいのが実状です。
だからこそ、情報を整理し、次の行動へとつなげることを大切にしています。
また最近では、武蔵野大学と連携したダブルケア研究活動や、杏林大学保健学部での老年学実習の指導教員など、次世代教育にも関わっています。
ーー起業となると、経営のスキルも求められますよね。その点は大変ではありませんでしたか。
正直、まさにその通りです(笑)。
医療や介護の専門性はあっても、ビジネスの世界は右も左も分からないことばかりでした。
そんな中で大きな支えになったのが、入居しているコワーキングスペース「factria(ファクトリア)」の存在です。
見学に訪れた際、オーナーの佐藤 仁美さんが、その場で多様な専門性を持つ会員の方々を紹介してくださいました。NPO法人の運営で必要なことやマネタイズの考え方など、医療現場にいた頃には想像もしなかった視点を、先輩経営者から直接学ぶことができました。顔の見える関係性の中で気軽に相談できること、そして質の高い情報にアクセスできる環境に身を置けたこと。
それが事業を前に進める大きな原動力になったと、いま振り返っても強く感じています。
「元気があれば、なんでもできる」
ーー「ナースとしての自分」と「ひとりの自分」で、共通して大事にしているものは何でしょうか。
一言でいうと、「人を元気にしたい」という思いです。
看護師としての私は、目の前の患者さんが少しでもその人らしく過ごせるよう支えたいと考えてきました。
いまは、働くビジネスパーソンやケアラーを支援する立場になりましたが、その人が本来持っている力や才能を発揮するためにも、“元気であること”は欠かせない土台だと思っています。
アントニオ猪木さんの名言に「元気があれば、なんでもできる」という言葉がありますが、本当にその通りだと感じます。
これは単なる感覚論ではありません。強いストレスによって心身が疲弊すれば、免疫機能が低下し、病気のリスクが高まるというエビデンスもあります。
だからこそまずは、その根幹にある“元気”を支えられる人でありたい。
それが、看護師としても、一人の人としても、変わらず大切にしている軸です。
ーー責任の重い現場にいると、自分で自分の元気を削ってしまうこともありますよね。その中で、室津さんご自身の“元気の源”は何ですか。
正直に言うと、私も同じでした。
つい最近まで、「何かあれば自分のせいだ」と思い込む癖があったんです。
誰かの人生を背負わなければならないような感覚に、知らず知らず縛られていました。
でもあるとき、使命感だと思っていたものが、実は自分を追い込む思い込みだったのかもしれない、と気づいたんです。だから今は、自分で自分を縛る考え方は「もうやめよう」と決めました。
できていないことではなく、「今日できたこと」に目を向けています。
ごはんを作れた。
歯を磨けた。
ちゃんと眠れた。
そうやって、私は私の元気の源をつくっているんだと思いますね。
あなたは、すでにもう十分な存在
ーーこれから、挑戦してみたいことや描いている未来を教えてください。
今後は、企業の制度設計や働き方にも、より深く関わっていきたいと考えています。
ダブルケアは、個人の問題ではなく、組織や社会全体で向き合うと良い課題です。
そのために、NPO法人の枠にとどまらず、営利法人としての展開も視野に入れています。
非営利と営利、それぞれの強みを活かしながら、双方をつなぐ“通訳者”のような存在でありたい。現場のリアルな声と企業の制度を丁寧に結び、実効性のある仕組みへと落とし込んでいきたいと思っています。
ーー最後に、未来のナースや後輩たちへメッセージをお願いします。
自分のことを、大事にしてあげてくださいね。
看護職や介護職は、人の命や人生に向き合う仕事です。
看護・介護の仕事は、人命や人生に深く関わるものであり、強い責任感が求められます。
そのため、リスクを排除する教育のもとで育つことが多いです。この誠実さゆえに、自分自身のことはつい後回しになりがちです。ですが、自分がすり減ったままでは、余裕もやさしさも保てません。
だからまずは、あなた自身が元気でいられることを一番に考えてほしいなと思っています。
プロフィール
室津 瞳
NPO法人こだまの集い 代表理事 / 看護師
病院や施設での看護・介護職を経て、令和元年5月に「NPO法人こだまの集い」を設立し、代表理事に就任。自身も仕事・育児・介護が重なる「ダブルケア」を約8年間経験する。
「働くパパママの応援団」として、現役世代が働き続けられる社会の実現をミッションに掲げ、執筆や監修を通じた啓発にも注力。主な著書に『育児と介護のダブルケア』(中央法規出版)、『仕事や育児と両立できる 共倒れしない介護』(オレンジページ監修)、『できるケアマネジャーになるために知っておきたい75のこと』(Gakken)などがある。
・NPO法人こだまの集いHP https://www.kodamanotsudoi.com/
引用:
「ダブルケアに関する調査2018 注:第8弾ダブルケア実態調査(ソニー生命連携調査)」https://www.sonylife.co.jp/company/news/30/nr_180718.html#sec2
Nurse Life Mix 編集部です。「ライフスタイル」「キャリア」「ファッション」「勉強」「豆知識」など、ナースの人生をとりまくさまざまなトピックスをミックスさせて、今と未来がもっと楽しくなる情報を発信します。



















