「頭痛は、仕方なくない」元看護師が社内起業プログラムで開発した頭痛セルフケアアプリ『ヘッテッテ』
公開:2026.05.13
それほど身近な課題でありながら、「仕方ない」と放置されてきた現実がある。
その「当たり前」を変えようと、看護師の視点から挑んでいるのが、キヤノンマーケティングジャパン株式会社 イノベーション推進グループに所属する河合ゆかりさんだ。
河合さんは産業保健師として入社後、社内起業プログラムを通じて2025年2月に頭痛セルフケアサポートアプリ『ヘッテッテ』を立ち上げた。
その根底にあるのは、「看護の価値を、病院の外から社会に広げたい」という静かで力強い思いがあった。
看護師としての経験を社会に活かし、新たな道を切り拓く河合さんに、そのきっかけや思い、これからの展望を伺った。
漠然とした憧れから、看護師に。そして病院の外へ
ーーまず、看護師を目指したきっかけを教えてください。
特別なきっかけがあったわけではないんです。幼稚園や小学生の頃から、将来の夢に「看護師」と書いていて、「ケーキ屋さんになりたい」と同じような感覚で漠然と憧れていました。
進路にもあまり迷うことはなく看護学部のある大学に進み、卒業後は大学病院で経験を積みました。
ーー特別なきっかけがなくても、ずっと引き寄せられていたんですね。大学病院を離れて産業保健師へ進んだのは、どんな経緯だったのでしょう?
出産・育児を機に大学病院を退職し、子育てをしながら無理のない形で医療に携わる日々が続きました。
子どもが小学校に上がるタイミングで、自分自身が夢中になれるものを持ちたいという思いが強くなり、別の関わり方として産業保健にチャレンジしました。そこでご縁があって入社したのが、キヤノンマーケティングジャパンになります。
世界で約29億人が頭痛持ち!「頭痛じゃない日を変えていく」をコンセプトにしたセルフケアサポートアプリ『ヘッテッテ』の誕生
ーー河合さんが立ち上げた『ヘッテッテ』とは、どんなサービスなのでしょう?
慢性的な頭痛に悩む方に向け、セルフケアをサポートするスマホアプリです。頭痛に悩む人は世界で約29億人、日本だけでも3000万人いると言われていて、それだけ多くの人の課題に向き合えるテーマだと感じています。
「頭痛じゃない日を変えていく」というコンセプトには、頭痛の記録はどうしても「痛い日」に意識が向きがちですが、実際には痛くない日の過ごし方が頭痛の頻度に影響していることもあります。そのため、痛くない日にも目を向けながら日々の状態を記録できるようにしています。
最初に頭痛の誘因に関するアンケートからタイプ分け診断を行い、関連しそうな要素にタグをつけた状態で記録を始めることで、「寝不足だった」「こういう行動をしていた」といった傾向に気づき、生活を少しずつ整えていける設計です。
また、ハビットトラッカーを取り入れ、継続的に記録したくなる仕組みにしました。水彩絵の具で色塗りをするような表現を採用し、柔らかな色合いが濃く重なっていく仕様にしているのも特徴です。数値だけでは捉えきれない体調や気分の波、痛みの感覚なども主観的に表現できるようにしています。
ーー痛みの感覚まで主観的に残せるのは面白いですね。現在は個人での利用が中心なのでしょうか?
現在は個人利用が中心ですが、頭痛外来の医師からの紹介をきっかけに、患者さん自身が記録し診察時に見返しながら活用されるケースも出てきています。
医師との連携はイベントという形でも広がっていて、2026年2月22日の「頭痛の日」に合わせて、自社ビル内のイベントスペースで近隣の頭痛クリニックの医師を招いたセミナーを開催しました。社員や近隣企業にも声をかけ、頭痛の知識や相談できる医師の存在を知ってもらうとともに、『ヘッテッテ』を含めた情報提供の場をつくりました。
ーー個人から医療現場まで、広がりを見せているんですね。そもそも『ヘッテッテ』はどのような経緯で生まれたのでしょう?
産業保健師としてキヤノンマーケティングジャパンの名古屋支店で働いていたのですが、コロナ禍に入り、それまで行っていたウォーキングイベントや健康セミナー、個別指導といった従業員や職場全体の健康管理の取り組みが一気に制限されてしまいました。対面での活動が中心だったので、「別の形で何かできないか」と考える時間が増えていきました。
そんな中、2021年に社内起業プログラム「Canon i Program(現・spark.me)」がオンラインで全国から参加できる形になったことを受け、上司に「部門としても何か出してみませんか」と相談して参加することになりました。
ーー「Canon i Program」について教えてください。
「Canon i Program」は2017年より始まった社内起業プログラムで、これまで延べ200名以上の社員が参加してきました。
自身の強い課題や、日常で接しているユーザーの困りごとを起点として、同じ志を持つ社内メンバー数名がチームを結成し、新規事業のアイデアを検討します。社内選考を通過したチームには、事業開発アクセラレーターが伴走し、事業案の精度を上げ、3か月で最終選考に挑むというものです。
私自身、看護師一筋でビジネス経験はありませんでしたが、その年のテーマのひとつが「健康」で身近だったこともあり、チャレンジしてみることにしました。
ーー数ある健康テーマの中から、頭痛を選んだのはなぜだったのでしょう?
テーマを考える中で、自分自身もチームメンバーも頭痛持ちでありながら、きちんと向き合えていなかったことに気づいたんです。
私は神経内科にいたにもかかわらず、病院にも行かず、片頭痛だと診断を受けたこともなくて。「痛くなりそう」と感じたら予防的に薬を飲む、ということをずっと繰り返していました。
改めて自分の頭痛を振り返り、調べてみると頭痛はコントロールできる余地があると分かりました。頭痛記録をつけ始めると、月の半分ほど頭痛薬を飲んでいたことに初めて気づいて、「こんなに飲んでたんだ」と驚きました。
そこで、睡眠や食事、カフェインの摂り方を意識的に整えてみたところ、頭痛の症状が大きく和らいだんです。
「頭痛はコントロールできる」と実感したことが、このテーマに向き合うきっかけになりました。
ーーご自身の体験が、そのままサービスの原点になっているんですね。一方で、頭痛に悩みながらも放置してしまう方も多い印象ですが。
そうなんですよね。片頭痛は女性ホルモンの影響もあり、月経のタイミングで発症することも多くて。
「女の子だから仕方がない」「我慢するもの」として受け入れてしまう方も少なくありません。
今は治療法も進歩していて、生活習慣や対処の仕方によって改善できる可能性もあるのに、「当たり前のもの」として見過ごされ、必要な情報や医療にたどり着けていない方が多いのが現状です。
だからこそ、まずは自分の頭痛を理解して、納得したうえで必要な人が医療につながることが大切だと考えています。
『ヘッテッテ』は医療機器ではないため直接的な受診指示はできませんが、専門医と作成したコンテンツを通じて受診の目安をお伝えしながら、頭痛の解像度を上げる役割を担っています。
生活の見直しで改善する方もいれば、医療につながることで楽になる方もいる。
その「前さばき」のような役割は、本来看護師が得意としてきた領域でもあると思っています。
目の前の人を大切に。それが、看護の価値を上げることにつながる
ーー「ナースとしての自分」と「個人としての自分」に共通するものは何でしょうか?
「目の前の人を大切にする姿勢」ですね。
看護師であれば患者さん、今であればユーザーやお客さまですが、「その人にとって何が必要か」を起点に考えるところは変わっていません。
新米看護師時代、仕事を早く正確にこなすことばかり優先していた時期があったのですが、当時の師長に「早さだけを目指すなら、看護師である必要はない」と言われたことがあって。大事なのはスピードではなく、目の前の患者さんをきちんと見て、その人に何が必要かを考えることだと教わりました。その考え方は、今でも自分の軸になっています。
アプリの設計にも、同じ視点が生きていると思っています。
看護やソーシャルワークでは、患者さんや家族の「できないこと」ではなく「できること・あるもの」を見るところから支援が始まります。
『ヘッテッテ』が「痛い日」ではなく「痛くない日」に目を向ける設計にしているのも、その延長線上にある考え方なんです。
ーー臨床を離れた今も、このサービスをやり続ける原動力はどこにあるのでしょう?
正直に言うと、病院にいないことへの引け目は、ずっとあるんです。臨床にいる人たちが一番大変で、一番偉いと思っているから……。
楽なところからものを言っているんじゃないかって、今も感じることがあります。
病院で働く看護師の友人や先輩たちは、日々ギリギリの状態で現場を支えています。看護には本来、生活全体を見る力や、その人らしさに寄り添う視点がある。でもその価値は、医療の中だけではなかなか見えにくいんですよね。
私はたまたま病院の外にいますが、同じ「看護」というフィールドの中で、その価値を社会に広げていける。
そう信じているからこそ、私は今の仕事を一生懸命やり続けたいと思っています。
「看護師がいることで、日常の中でもこんな支えが得られるんだ」
そう感じてもらえるようになれば、看護という仕事そのものの価値が高まっていく。
「臨床で頑張り続けている人たちへの、恩返しがしたい」という気持ちが、今の私を奮い立たせる原動力となっています。
看護の力を、社会へ。医師・企業と手を組んで広げていく
ーー今後、『ヘッテッテ』をどのように広げていきたいと考えていますか?
まずは、中学生など若い世代に向けた取り組みを進めていきたいと考えています。
頭痛は早期に向き合うほどコントロールしやすいと言われているので、そのタイミングで正しい知識や対処法に触れられる機会をつくりたいんです。
頭痛専門の医師の中にも若年層への啓発に関心を持っている方も多いので、医師や企業とも連携しながら、ハブのような立場で取り組みを広げていけたらと思っています。
ーー最後に、未来のナースや後輩たちへのメッセージをお願いします。
看護はとてもポテンシャルのある領域で、これからの時代においても失われにくい価値の一つだと思っています。
だからこそ、自分たちの仕事に誇りを持って、「価値のあることをしているんだ」と信じて進んでほしいです。
必ずしも臨床だけが活躍の場ではない、とも感じています。
体調や環境の理由で病院で働き続けることが難しくなったとしても、看護で培った力は社会の中でさまざまな形に活かすことができます。私自身、臨床を離れたことへの引け目を感じながらも、だからこそ外から看護の価値を広げたいと思い続けてきました。
看護が好きなら、その力を別の形で活用する道にもぜひチャレンジしてほしい。
興味があれば、いつでも仲間として関わってもらえたら嬉しいです!
プロフィール
河合 ゆかり
看護師→産業保健師 / キヤノンマーケティングジャパン株式会社 R&B推進本部 イノベーション推進グループ
大学病院勤務看護師、医局CRC、NPOでのがん患者さんの治療中の外見ケア支援事業立ち上げの経験を経て、2018年よりキヤノンマーケティングジャパン株式会社に入社。産業保健師として中部地区のグループ社員約800名の健康支援を担当。現在は頭痛セルフケアサポートサービス『ヘッテッテ』を社内起業案件として推進している。
頭痛セルフケアサポートサービス『ヘッテッテ』
「頭痛じゃない日を変えていく」をコンセプトにした慢性的に頭痛に悩む方向けのセルフケアサポートアプリ。アプリでは、頭痛誘因タイプ診断、セルフケアプログラムの実践、痛くない日も含めた生活の記録をすることで自分の頭痛の解像度を上げ、自分に合ったセルフケアの実践をサポートする。今後は自律的なセルフケアの社会実装を目指し、企業との連携などで、日常のセルフケアの選択肢を増やしていく。
・公式WEB:https://corporate.jp.canon/profile/business/new-value-creation/headtete
・アプリダウンロード(iOS,Android対応):https://headtete.onelink.me/rEJw/iptoigpa
⚫︎取材:ナースライフミックス編集部
⚫︎執筆:朝倉ゆき
⚫︎カメラマン:藤井拓実
Nurse Life Mix 編集部です。「ライフスタイル」「キャリア」「ファッション」「勉強」「豆知識」など、ナースの人生をとりまくさまざまなトピックスをミックスさせて、今と未来がもっと楽しくなる情報を発信します。






















