ナースの知見で社会を“ケア”!助産師×起業家が描く、働く人を支援する仕組みづくり

公開:2025.11.27

医療現場で命と向き合うナース・助産師の知識を、企業や働く人の現場で活かせば、社会はもっと変わる。
その仕掛け人となっているのが、岸畑 聖月さんだ。

現役助産師として病院で命に寄り添いながら、株式会社With Midwifeの代表として企業視点を兼ね備えたナースを育成・企業とマッチングするサービスや、働く親世代を支援するコミュニティ運営など、助産の現場にとどまらず、長期的に命と働く人をつなぐ仕組みを生み出し、社会に広げ続けている。

その根底には、実は14歳のときに「誰かを守る側になろう」と決めた原体験があった。現場経験を活かし、ナースの新しい働き方や育児支援の仕組みを描き続ける岸畑さんに、これまで歩んできた道のりや事業への思い、そして未来のナースへのメッセージまで、余すことなく伺った。

「誰かを守る側になろう」と決めた14歳

ーーはじめに、看護師を目指したきっかけを教えてください。

14歳のとき、婦人科系の病気を経験し、入院。将来自分では子どもを産めないと知りました。絶望の中で「今度は自分が誰かを守る側になろう」と医師を志したのが、最初のきっかけです。

退院後、近所でネグレクト(育児放棄)に苦しむ子どもを目にしたとき、「医療だけでは救えない現実」を痛感しました。目の前の人にもっと寄り添い、いろんな人の人生のタイミングに関わりたいという思いから、医師ではなく助産師という道を選びました。現在は、看護師・保健師・助産師の三資格を持ち、平日は経営者、週末は助産師として現場に立ち続けています。

ーー会社経営もしながら、今も医療現場で働いていらっしゃるんですね!そもそも起業したきっかけは何だったのでしょうか?

実は、起業は今回で2回目になります。最初は大学生のときに、ウェディング系のサービスを立ち上げました。その経験から「仕組みを作ることによって、より多くの人を巻き込むことができる」と実感したんです。

医療職として現場に立つことはもちろん大切。でも、それだけでは救えない領域がある。だからこそ、仕組みの側に立って、医療の力を社会に広げたいと思うようになりました。

その思いで京都大学大学院に進学し、助産学と経営学を学びました。修了後は大阪市内の総合病院で助産師として経験を重ね、4年目のタイミングで「このまま安定を選ぶのではなく、自分の原点に立ち返ろう」と決意し、再び起業を意識し始めました。

ナースの力で企業に寄り添う『THE CARE』

ーー事業の発想はどのようにして生まれたのでしょうか?

助産師として働いていたある日、かつて中期中絶をサポートした方と街で偶然再会したんです。彼女は復職後、職場環境に悩み、私の顔を見るなり涙を流し始めました。「産業医の方にいろいろ聞かれて、苦しくなってしまって…」と。

そのとき痛感したのは、私たち助産師はお産の現場では寄り添えるけれど、働く人の生活や制度には手が届かないという現実。さらには、女性活躍が叫ばれる一方で、その領域を専門的に支える人材は企業の中にほとんどいないという社会課題。

「この“すき間”に、ナースの力を届ける仕組みを作ろう。」そう考えたのが、With Midwifeの立ち上げ、そして自社事業『THE CARE』誕生の原点です。

ーー『THE CARE』のサービス内容について、詳しく教えてください。

一言でいえば、企業向けの外部相談窓口です。従業員が匿名で、健康・働き方・不妊治療・介護・子育てなど幅広いテーマを安心して相談できる、伴走型の従業員支援サービスを提供しています。

従来の企業では、従業員は産業保健師やカウンセラーなどが開設するコールセンターの電話ダイヤルなどに相談するケースが一般的です。
しかし、相談者の企業特性や置かれた背景が見えない中での相談は難しく、対応者もシフト制で時間的な制約やノルマがあり、端的な回答にとどまりがち。またせっかく聞いた相談をフィードバックする仕組みもないので、結果として、企業にも従業員にも改善が還元されないという構造的課題がありました。

そこで『THE CARE』では、看護師・保健師・助産師資格の併有者が人事労務やキャリア支援などの知識をみつけた「ウェルネスコーディネーター」となり、企業専属でつきます。人事労務の知識と医療知見の両輪を持ちながら匿名だからこそ見える、従業員の本音を聞き、伴走することで企業の健康経営を支えています。

他の外部相談窓口との違いは、大きく3つ。
①専門職自身も人事労務知識を学び、スキルアップできること
②同じ担当者に継続して相談できる安心感があること
③相談内容をデータ化・分析し、企業の制度改善に活かしていること

単なる『相談窓口』ではなく、企業の“人事パートナー”として、組織を内側から支えるのが大きな特徴です。

ーー「ナースの力」で企業を健康にしているんですね!ウェルネスコーディネーターになるためには?

弊社が提供する資格講座を受講し、ライセンスを取得していただきます。
医療職の多くは企業経験がないため、その「視点のギャップ」を埋めることがとても重要です。私たちは「医療専門職でありながら、働く視点をもってアドバイスできる人」を重要視しているので、講座を通じて労務制度や企業文化への理解を深めることで、相談対応の幅が広がり、現場の医療にも活かせる新しい視点が得られると好評です。

現在約150名がライセンスを取得しており、そのうち約30名がウェルネスコーディネーターとして、実際にフルタイムや業務委託で活躍しています。また、3つの医療資格を持っていなくても、Facebookのコミュニティ(約450人)に参加し、情報交換からスタートすることも可能です。

ーー今後事業をどのように広げていきたいと考えていますか?

『THE CARE』の普及と並行して力を入れているのが、オンライン両親学級『OYA WORK』です。

2025年の育児・介護休業法改正を受け、出産前後だけでなく「働きながら親になる」プロセス全体を支える仕組みが必要とされています。『OYA WORK』は、妊活中〜子育て中の働く人が「知識・仲間・専門家」とつながる学びの場です。出産場所の選び方、復職準備、パートナーシップの築き方など、現場の知見を活かした実践的サポートを提供しています。

もともとはコロナ禍で対面の両親学級が中止されたことをきっかけに、With Midwifeが無料でオンライン講座を提供し始めたのが原点。その累計参加者は2,500人を超えました。今後は協賛企業を募り、より広く働く親世代を支えていく計画です。

サービスを通じて、働きながら育児をする人が、自分の人生のオーナーシップを取り戻せる社会を目指していきたいですね。

「助産師・経営者・支援者」3つの顔をつなぐ軸

ーー「ナースとしての自分」と「個人としての自分」に共通するものは何でしょうか?

ひとつめは「ひとの人生に触れる」ことです。
助産師として命の誕生に関わる一方、会社経営者として組織を育て、女性起業家支援者として人生の転換期に寄り添う。側から見ると、つながりがないように思うかもしれませんが、職種は違えど、すべて「人生の節目に立ち会う」という軸でつながっています。
私は14歳のとき、突然子どもを産めない身体になりました。その経験から、人は人生のいろんな場面で深い苦しみを抱えているのだろうと感じています。中でも「孤独」であることが、一番の苦しみだと強く思うんです。だからこそ、そばにいて寄り添いたいという想いは、今のすべての活動の原点になっています。

もうひとつは「クリエイティブでいること」。
病棟1年目から業務改善が好きで、課題を見つけて仕組みに落とし込むことを続けてきました。決められた中だけで動くのではなく、ルールメイキングして、「どうすればもっとみんなが円滑に動けるか」を考える姿勢は、現場でも経営でも支援でも共通していますね。

ーー興味深いですね!岸畑さんのその思考はどのような経験から育まれたと思いますか?

香川の田舎で育った幼少期の影響が大きいですね。親から怒られた記憶もほとんどなく、テストの点数に応じてお小遣いがもらえる仕組みがあったり、遊ぶものがなければ自分で遊びを作ったりしていました。そうした環境で、自然とクリエイティブさや問題解決力が育まれていったのかもしれません。

ナースの仕事はライフワーク

ーー最後に、未来のナースや後輩たちへのメッセージをお願いします。

人の命に携わる仕事は、本当に価値があります。
日常になるとそのすごさを忘れがちですが、「みなさんは、毎日とても尊いことに向き合っている」と心から伝えたいです。私は、ナースの仕事はライスワーク(生活のための仕事)ではなくライフワーク(人生をかける仕事)だと思っています。医療職は、それくらい誇りを持てる、かけがえのない仕事です。そして、医療スキルは病院の外でも活かせます。
ヘルスケアベンチャー、医療ライター、コミュニティナース……探せば活躍の場は無数にあります。たとえば「ナース×ライティング」で医療専門ライターになるように、自分の得意分野と組み合わせることで、可能性はいくらでも広がります。

ーーどうすれば、仕事をライフワークだと実感できるのでしょう?

大切なのは、選択肢の数そのものではなく、「自分が何を望んでいるのか」を明確にすることでしょうか。

看護職は就職先が一定数あるぶん、キャリア教育の機会が少なく、自分の進みたい方向を整理する場が不足しています。そのため、本当は可能性がたくさんあるのに、ただ戸惑っている人も多いのかもしれません。
キャリアの不安の正体は、ゴールを描けていないことなんです。まずは、自分が何を目指しているのかを描くことから始めてみてください。そこから、今の仕事にも新しい意味が見いだせるかもしれませんね。

ーーWith Midwifeの活動に参加することも、ひとつの受け皿になっていきそうですね。

そうですね!
私たちは病院以外でも提供できる価値を社会に広げていきたいので、医療視点を理解している仲間を歓迎しています。たとえば、『THE CARE』でウェルネスコーディネーターやマネジメント職として企業に関わる道もあれば、『OYA WORK』やオンラインコミュニティで親世代を支えることもできます。医療現場の知識と経験を、社会に還元できる場がここにはあります。

興味を持ってくれた方には、ぜひ一緒に取り組んでいけたら嬉しいです。
これからも、ナースの力が社会に届く仕組みを共に作っていきましょう!

プロフィール

岸畑 聖月
株式会社With Midwife 代表取締役/助産師

14歳の闘病の経験から助産師を志し、助産学・経営学を学ぶため京都大学大学院医学研究科に進学。年間約2,000件のお産を支える総合病院で助産師として臨床経験を積みながら、2019年株式会社With Midwifeを創業。女性活躍や健康経営を包括的にサポートする、健康と子育ての従業員支援プログラム「THE CARE」などを展開し、伊藤忠商事やロート製薬など全国的に導入が進んでいる。
・公式WEB:https://withmidwife.jp/

Nurse Life Mix 編集部 Nurse Life Mix 編集部

Nurse Life Mix 編集部です。「ライフスタイル」「キャリア」「ファッション」「勉強」「豆知識」など、ナースの人生をとりまくさまざまなトピックスをミックスさせて、今と未来がもっと楽しくなる情報を発信します。

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