インタビュー#18 秋谷りんこ「自分の中の看護師という側面や、闘病生活のなかの希望に光を当ててみたかった」

公開:2024.06.05

看護師として働きながら、その知識や経験を生かして新しいビジネスを手がけたり、看護とはまったく別の世界でパラレルキャリアを歩んだり、忙しい看護の仕事をしながらでもプライベートを思いっきり楽しんだり…。ナースとしての新しい生き方をみつけようとしているナースたちの”働き方”や”仕事観”に迫るインタビュー企画。第18 回は元看護師で作家の秋谷りんこさんにインタビューしました!

※『ナースの卯月に視えるもの』ストーリーの根幹となるネタバレはありませんが、創作時の話が出てくるためご注意ください。
秋谷りんこさんのプロフィール

卒業後は大学病院の精神科閉鎖病棟で6年勤務。結婚を機に精神科の専門病院に転職し、7年半勤務。持病の治療のため、看護師の仕事は退職。2020年より執筆活動を開始、note創作大賞2023、別冊文芸春秋賞を受賞。文春文庫よりデビュー作『ナースの卯月に視えるもの』が5月8日発売。

作品紹介)
~元看護師の著者が贈る、命の物語~
完治の望めない人々が集う長期療養型病棟に勤める看護師・卯月咲笑。ある日、意識不明の男性のベッド脇に見知らぬ女の子の姿が。それは卯月だけに視える患者の「思い残し」だった——。彼らの心残りを解きほぐし、より良い看護を目指したいと奔走する日々が始まった。ナースが起こす小さな奇跡に心温まるお仕事ミステリー。

長らく働いていた精神科病棟での経験をもとに

編集部 編集部
『ナースの卯月に視えるもの』発売おめでとうございます。秋谷さんは、長らく精神科病棟で看護師として勤務されていたご経歴があるんですね。
秋谷 秋谷
そうなんです。精神科の閉鎖病棟での勤務が長かったですね。トータルで13年ぐらい働いています。精神科といっても、身体合併症の方もいる病棟だったので、内科疾患やがんの終末期、病棟でお看取りとなる方もいらっしゃいました。精神疾患があると、あまり他の科ではみてもらえないことも多かったので、そうした方の受け皿になっているような病棟でした。最初の病棟ではプリセプター(※)をずっとやりたかったという気持ちもあり、5年目にプリセプターをやったタイミングで転職しました。
(※)プリセプター制度:プリセプター(先輩看護師)がプリセプティ(新人看護師)をマンツーマンで教育指導、フォローすること
編集部 編集部
プリセプターをやりたかったというのは、なにか理由があったんでしょうか。
秋谷 秋谷
新人の頃にプリセプターの先輩にすごくお世話になったのが大きいですね。看護の基本を教えていただいて、支えていただきました。私自身もプリセプターを通して新人教育に携わりたいと思い、プリセプターをやるまでは同じ病棟で勤めたいという気持ちがありました。

プリセプターの先輩はすごく優しいのはもちろんなんですが、私が自分で答えにたどり着けるように、その道筋を教えてくれるような方でしたね。たとえば、ここがわからないと質問すると、答えをそのまま教えてくれるわけではなくて、その答えに行きつくためになにが必要か、ここを勉強したらいいよと教えてくれるんです。自分で考える力がついたのは、先輩のおかげだと思っていますし、教育においてすごく大事なことだとも思いました。
編集部 編集部
小説に出てくる先輩看護師や同僚とのやりとりを見ていても、すごく理想的な関係性ですよね。秋谷さんご自身のご経験も反映されているのかなと思いました。
秋谷 秋谷
最初に働いていた病棟は人間関係がすごくよかったので、その影響は大きいと思います。

完治しない患者さん、その不全感ややりきれなさとどう向き合うか

編集部 編集部
精神科の看護師として働くなかで、秋谷さんは日頃どんなことを大事にして患者さんと関わっていたのでしょうか。
秋谷 秋谷
これは精神科に限らずだと思いますが、精神科の疾患は完治しないことも多いんですよね。だから、病気や障害がありながらも、より健やかに、よりよくいかに生きていくかということがすごく大事だと思っています。そのためのお手伝いをすることが看護の力だと思いながら働いていました。

また、病気になってしまったことの不幸な側面だけ見てしまうと、長期的に付き合っていかなければならないとつらいものがありますから…そうではない側面にも光を当てたい。これは自分の看護観のようなもので、看護師として働くなかでも小説を書くときにもすごく意識したと思います。
看護学生時代の秋谷さん
編集部 編集部
小説のなかでも似たような話が出てきましたが、完治しない患者さんを長期的にみていくと、不全感ややりきれなさがつのることもあるのではないかと思います。秋谷さんご自身もそのように感じることがあったのでしょうか。
秋谷 秋谷
実は小説のなかでも書いたんですが、モチベーションが落ちないように超短期目標を立てることは、私自身も実際にやっていました。看護師は長期目標や短期目標と看護目標を設定しますけど、そこにたどり着けないことも多くあります。そうしたときに、さらに短いスパンの目標を自分の中だけでつくり、「今日この患者さんの笑顔がみられた」「患者さんのつらい気持ちに寄り添い話を聞くことができた」と自分の看護を少しずつ認めていくことをしていました。

これは私が看護師の燃え尽き症候群やエンパワーメント、メンタルヘルスに関する活動や研究をしていて。お互いに高め合い、自分に向けて自己肯定感をあげるような方法を伝えることをしていたので、私自身も看護師として働きながら意識してやっていたと思います。
編集部 編集部
まさしく小説のなかに出てくる看護師同士のやりとりが、誰も一方的に否定せずに、話を聞く姿勢があって、ものすごくエンパワーされるなと感じていたんですよね。
秋谷 秋谷
そうですよね。実際の職場はね、ちょっと嫌味を言う人や嫌な先輩もいると思うんですけど、小説を読んでまで嫌な思いをしなくてもいいと…。今回の小説はいろんな方向を向いた、それぞれの看護観を持った看護師が出てくるようにと考えていました。

作家としての活動、看護師として小説を書くということ

編集部 編集部
秋谷さんはどのようなきっかけで作家として執筆を始められたのでしょうか。
秋谷 秋谷
文章を書くのは元々好きではあったんですけど、しっかりとした小説を書いたことはなくて。学生の頃の小論文が得意だったとか、その程度だったんです。だけど、看護師の仕事をしていたときに、婦人科の病気が見つかって手術や治療していたこともあり、体調を崩してしまったので看護師の仕事を辞めました。

それでしばらくは専業主婦をしていて…。本を読むことも好きだったので、2020年頃から『note』というクリエイターコンテンツを使って小説を書き始めたのが最初のきっかけですね。他にも小説を投稿するサイトはいろいろとありますけど、私は一般文芸を書きたいと思っていたので、noteとの相性がいいなと感じていました。
編集部 編集部
今回の小説はnote創作大賞2023、別冊文藝春秋賞を受賞した作品を文庫化したものですが、どういうきっかけで書き始めたのでしょうか。
秋谷 秋谷
これはnote創作大賞2023に応募するために、書き始めました。元々、看護師を主人公にした作品を書きたいと思っていたんです。看護師の仕事が好きという気持ちは看護師を辞めてからもずっとありますし、今の自分をつくりあげてくれたもののひとつだという認識でもあります。自分のなかの看護師という側面や、闘病生活、長期療養のなかの希望に光を当ててみたかった、向き合ってみたかったという気持ちもありますね。
創作大賞2023 別冊文藝春秋賞受賞した、秋谷さんのデビュー作。
編集部 編集部
看護師が小説を書く、患者さんや病気のことなどを書くにあたって、気を付けていたことなどはありますか。
秋谷 秋谷
人が病気になったり、亡くなったりしたことを、美談のように語るのは控えようと思っていました、同じ境遇の方が読まれるかもしれないことは常に意識はしていましたね。自分が実際に体験してきた病気や死を、コンテンツとして消費しているんじゃないかと思われないように。ただ、すべての人を絶対に不快にさせないというのは難しいと思いますが、それでもできる限りいろんな方に配慮する部分と、小説家としてのフィクションの部分と両方のバランスをとってお届けしないといけないなと考えていました。
編集部 編集部
看護師として働いていると、業務に追われて患者さんへの配慮や不快に思うことの感覚が鈍ってしまうのではないかと思うときがありますが、秋谷さんのなかではどのように考えていましたか。
秋谷 秋谷
小説を書くときだけではなく、看護師として働いていたときも同じく、昔先輩に言われた言葉で強く印象に残っていることがあります。患者さんのベッドサイドや環境整備が行き届いているかどうかみるときに、「自分の家族が入院していると思ってみてごらん」と言われたことがありました。それから、自分が家族として今ここに面会に来たという風に考えたときに、大切な家族を任せても安心できるかを意識して環境整備をするようになったんです。

これは働いていたときから心がけていたことで、看護師の仕事に慣れすぎないように、小説でもひとつの判断基準になっていると思います。その点でいえば、小説を書くときには編集者さんはまったく違った目で見てくださるので、その力をお借りしたこともすごく大きかったです。看護師として当たり前となってしまっている部分と、看護師以外の仕事をしている方が読んだときにどう思うかというのは、よく話し合いながら書いていったと思います。

喪失と受容と、乗り越えた先の成長の物語

編集部 編集部
デビュー作『ナースの卯月に視えるもの』の話をもう少しお聞きしていきたいです。今回あえて事前情報を入れずに読んだとき、最初はお仕事系ヒューマンドラマな内容かと思っていたんですが、途中ミステリーやラブストーリー要素もあったりして不思議な感覚になりました。
秋谷 秋谷
そうですよね。一応ジャンルとしてはお仕事ミステリーと謳っているのもあって、ミステリー要素もあるんですが、どちらかというとヒューマンドラマに寄っているところはあると思います。ちょっと不思議なことも起こったり、謎も解いたりするけど、主軸となっているのは看護師としての成長、ヒューマンドラマのような部分かなと。
編集部 編集部
それに主人公が過去と自分と向き合い、未来を見据えて前に進んでいく、悲嘆を癒すような印象も強くあって、これはグリーフ(悲嘆)ケアの物語でもあるのかなとも感じました。
秋谷 秋谷
喪失と受容と、乗り越えた先の成長の物語だと思っているので、まさに今言っていただいたことは本1冊を通して私がお伝えしたいところでもあります。そう読んでいただけるのはすごく嬉しいです。
編集部 編集部
他にも登場人物のキャラがすごく立っていると感じました。インパクトの強いキャラばかりではないと思うんですが、こうした魅力的なキャラクターはどういった段階を経て書かれていったんでしょうか。
秋谷 秋谷
これは作家さんによってさまざまだとは思いますが、私の場合には、まず全体のストーリーの方向性や流れを考えます。それで主人公になるのはどんな子かを考えて決めると、今度はその子とは違う考えを持つ周りの登場人物が決まってきて、全体のなかのトピックスが決まってきて…という流れですね。それぞれのキャラクターも性格の特徴やなぜ看護師になったのかなど、小説に書いていないことまで細かく表にしてまとめました。そうしたことを決めてから書いているので、この看護師とこの看護師の意外な共通点が見つかったり、こういう話題で盛り上がったりなど、だんだんと話が肉付けされてエピソードが増えていったイメージですね。

看護師としての日常の部分をいかに小説に落とし込むか

編集部 編集部
プリセプターとプリセプティーや周りの先輩とのやりとり、仕事終わりの飲み会など、看護師ってこういうやりとりあるよなという日常の場面、看護師特有の言い回しなどがそのまま現れていたので、驚きました。これは誰か看護師にヒアリングしたり、取材されたりしたんでしょうか。
秋谷 秋谷
今回、取材は一切していませんね。私自身の経験と、これまで関わってきた看護師の友達や先輩後輩など、日頃の交流のなかで生まれたことをもとにしています。
編集部 編集部
取材していないことによって、日常らしさがそのまま現れているのかもしれないですね。ただ、看護師として当たり前に日常的にやっていることを、文章に書き起こす作業はなかなか難しいと思うのですが、なにか工夫されていることがあるのでしょうか。
秋谷 秋谷
どうやっていたんでしょうね…。小説のなかでも看護の手技や病気の説明が入るところがありますが、どうしても教科書っぽくなってしまうというのは、編集者さんにもご指摘を受けていました。今は必要な情報を入れつつも、小説として読んでも違和感のないようになっていますが…。これはまだ私のなかでも課題ですね。日常にあるものを文章にして、いかに日常らしさを残すというのは。編集者さんと二人三脚でやってきたところです。
編集部 編集部
秋谷さんでも難しいと感じられるところなのですね。
それでは最後になりますが、秋谷さんは作家としてデビューされて、今後どのような執筆活動をしていきたいと考えているのでしょうか。
秋谷 秋谷
私のなかで書きたいものの主軸となっているのは、その人がよりよく生きるには、病気や障害があっても健やかに生きていけるには…ということです。それを小説という形で表現して人々にお伝えできるようにしていきたいですね。もちろん看護師としての作品は書き続けていきたいと思いますし、看護学生や患者さん側からの視点なども面白いだろうなとも思っています。看護師ではない側面からでも、もし書けるものがあればどんどん挑戦していきたいです。
編集部 編集部
秋谷さんの小説、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。ありがとうございました!
デビュー作『ナースの卯月に視えるもの』は発売5日で重版決定。おめでとうございます!
写真提供:文藝春秋

▼秋谷さんによる小説『ナースの卯月に視えるもの』の詳細はこちらhttps://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167922191

聞き手・ライター:白石弓夏


看護師兼ライター。小児科や整形外科病棟で10年以上勤務。転職の合間に派遣でクリニックやツアーナース、健診、保育園などさまざまな場所での看護経験もあり。現在は非常勤として整形外科病棟で働きながらライターとして活動して5年以上経つ。
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