「ナースの力を“日常”に」ガースケが仕掛ける“命をつなぐカルチャー”

公開:2025.11.27

音楽に合わせて、命を救う技術を身につける——そんな光景を想像できるだろうか。

DJが鳴らすビートに乗って、参加者が楽しみながら胸骨圧迫のテンポを刻む『CPRディスコ』。このちょっと異色なイベントを生み出したのは、現役ナースであり、クリエイターの顔も持つ山賀 雄介(通称ガースケ)さんだ。

「医療=病院」の常識を軽やかに飛び越え、日常に“命をつなぐカルチャー”を広げているガースケさんに、挑戦の裏側を聞いた。

医療の現場を離れたからこそ気付いた「ナースの力」

ーーまず、看護師を志したきっかけを教えてください。

中学時代から陸上部に所属していたんですが、高校に上がると、自分よりも強い人たちが次々と入ってきて、「勝てない」と挫折したんです。もともとセルフトレーニングには興味があったので、勝負する側ではなく“人を支える側”で関わる道はないかと考えるようになったのが、医療の道を意識した最初のきっかけです。

ーー“支える側”への関心の先に、ナースがあったと。

そうですね。最初はスポーツトレーナーや理学療法士、先生の勧めもあって医師の道も選択肢にありました。けれど、浪人中に祖父が入院した際、初めて看護師の働く姿を目にした昔の想い出がふと蘇り、「看護もいいかも」と進む道が見えたことが大きな転機になりました。
それまで、身近に男性看護師がいなかったので職業のイメージが湧いていなかったのですが、実際の姿をみて、「自分はこの道に進もう」と決意できました。大学卒業後は、都内の大学病院に勤務しました。

ーー念願のナース生活はどうでしたか?

ナースになったものの、人間関係の悩みから一度離れることを選びました。どうせならまったく違う環境に身を置こうと、ホテルのフロントや料理人のアシスタントとして働いたんです。
そこで気づいたのは、「お客様の行動を先回りして動く」という自分の癖。旅行者が楽しんでもらうために、安心安全を考慮して前もって準備をしたり、お客様に合わせて料理の提供タイミングを計ったりする感覚が、病院で患者さんに接していたときとまったく同じだったんです。

この「相手を想って予測して動く力」は、医療現場以外でも通用するんだとハッとしました。逆に言えば、それだけ自分の中に“ナースとしての軸”がしっかり根付いていた、ということにも気づきました。

ーー医療現場を離れたからこそ、逆に自分の中にある“ナースの力”を発見したんですね。

そうなんです。こうした気づきもあって、再び医療の世界に戻ることを決意しました。
いきなり現場復帰は不安もあったので、まずは訪問看護や包括支援センターからスタートしました。地域を回る中で、病院と在宅医療や地域をつなぐ“橋渡し役”の必要性を強く感じ、「自分がその役割を担おう」と思うようになりました。

地域に入る中で、知り合いの酒場にもよく通っていたのですが、その中で大きな発見だったのが、「病院外には健康な人たちがいる」という、当たり前の事実でした。看護師という資格の特性上、関わることができる相手は「病気を患っている方」や「65歳以上の方」など、どうしても限られてしまいます。

しかし、看護師という肩書きを外して、ひとりの住民としてまちに出てみると、病気になる前のさまざまな人と出会えることに気づきました。まちの人たちにアプローチするには、健康や医療の話題を持ち込むのではなく、「その人たちの好きなこと」に自分たちが関わっていけばいいということが、大きな発見でした。そこから、健康や医療に無関心な人たちにも、どうすれば自然に興味をもってもらえるかを考えるようになったんです。

音楽にのせて心肺蘇生!?命を守る意識を広げるイベント『CPRディスコ』

ーー医療の知識を外に届けるために、行っている活動はありますか?

いま、僕が最も力を入れている活動は『CPRディスコ』です。
音楽に乗せて楽しく、そして自然に“命を守る行動”を身につけることを目的としたイベントです。

心肺蘇生(CPR)における胸骨圧迫の適正なスピードは1分間に110〜120回。
いきなり「1分間に110〜120回」と言われても、正直ピンときませんよね。そこで、このイベントではDJミュージックのBPMを110〜120に限定。音楽に合わせることでテンポが身体に染み込み、考える前に手が動く感覚を体験できる仕掛けになっています。

まるでクラブイベントのような空間で命を守る技術を体験できる企画こそ『CPRディスコ』最大の特徴です。

ーー医療とエンタメを組み合わせた、ユニークな取り組みですね!

そうなんです。
しかも、胸骨圧迫では「スピード」だけでなく「深さ」も大事なポイント。適切な深さで押し込むと、機材が光る仕組みになっています。ビートと光がシンクロし、DJの音とフロアの熱気が交わる瞬間、医療の学びは“体験”に変わっていく。

最初はうまくできなくても大丈夫。マイクパフォーマーが会場を盛り上げ、医療従事者がその場でアドバイスしてくれます。参加者は楽しみながら、正しい胸骨圧迫が自然と身につく仕組みなんです。

ーー想像するとすごく不思議な光景ですね(笑)。

本当に異様ですよ(笑)。でも、それが狙いなんです。
医療従事者ではない一般の人が、日常のなかでCPRを体験しておくことで、いざというとき自然と身体が動く可能性がある。イベントのあとに「家でも練習しています」という声をいただいたときは、本当に嬉しかったですね。

ーー『CPRディスコ』が形になっていく中で、大きな転機はあったのでしょうか?

間違いなく、株式会社アフロ&コーとの出会いです。きっかけは、クリエイターのアフロマンスさんのSNSの投稿で、「脈博」というイベントを知ったことでした。

「脈博」は、日本心血管インターベーション治療学会(CVIT2023)の最終日に福岡PayPayドームで開催された、医療×ワクワクをテーマにした一大イベント。医療従事者と市民が一緒になって、前提知識ゼロでも楽しめる体験型企画で、5〜6000人が参加しました。

「この空間でCPRディスコをやりたい」と思い、思い切ってアフロさんに連絡。すると、ちょうどアフロさん側でも僕に声をかけようとしていたタイミングだったんです。まさに必然の出会いでした。

この出会いをきっかけに、地域のマルシェや横浜F・マリノスとの共催イベントなどで展開してきた『CPRディスコ』を、アフロ&コーと一緒に広げていくことになります。そして2025年、ついに初の単独開催を実現できました。

ガースケさんのインタビューに同席された、アフロ&コー 代表取締役CEOの山崎 剛弘さん。ガースケさんとの出会いや、『CPRディスコ』の魅力について熱く語ってくださいました。

ーーガースケさんが『CPRディスコ』を続ける理由は何でしょう?

僕が伝えたいのは、「元気なうちから予防に関わることの大切さ」です。
「気づいたら何もできず助けられなかった」ではなく、「あらかじめCPRに触れていたから、いざというとき大切な人を救えた」。そんな瞬間を増やしたい。

心肺蘇生は特別な人だけのスキルではありません。誰もが自分の手で大切な人を守れる可能性を持っています。でも、その“もしも”に備える機会は圧倒的に少ない。だから、音楽とエンタメという入り口から、多くの人に体験を届けたいと思っています。

看護をもっと自由に、もっとクリエイティブに

ーー「ナースとしての自分」と「ひとりの自分」に共通するものは、なんでしょうか?

「ワクワク」と「クリエイティブ」ですね。
僕は、イベントを主催するときも参加する時も、相手がどんな気持ちになるかを常に考えるのですが、実はこの感覚、看護の現場でも同じなんです。

いま働いている訪問看護では、患者さん一人ひとりの個性や生き方に合わせたケアを意識しています。「どう接したら、この人の元気を引き出せるか」「どうしたら少しでも幸せを感じてもらえるか」と考えながら関わっていると、患者さんの表情がパッと明るくなる瞬間があるんです。その瞬間がたまらなく嬉しいし、こちらも胸が熱くなります。
その“HOW”や“WHY”を考える時間こそ、僕にとってはクリエイティブな時間なんです。

ーー医療の枠を超えた活動をされていることを、ガースケさん自身はどのように感じていますか?

たしかに、僕の活動は一見するとバラバラに見えるかもしれません。イベントを企画したり、酒場に立ったり、医療の外でも動いています。でも僕の中では、ちゃんと“コミュニティナース”という一本の軸があります。その軸に基づいて「手札をたくさん持つ」ということ。

選択肢が多いというのは、自分自身の心の支えや他者への関わりしろの多さになると思っています。一度つまずいたとしても、「別のやり方がある」「次のカードを切ればいい」と思える。だからまた立ち上がれるし、前を向けるんです。

そして、その“幅”は看護の現場にも自然と還元されます。
多様な人と関わり、さまざまな知識や経験が増えるほど、ケアや会話の引き出しも広がっていく。だから僕にとって、選択肢を増やすことは、自分の看護を豊かにするための土台でもあるんですよね。

ーーガースケさんからは看護への強い愛を感じます。その原動力はどこから来るのでしょう?

一言でいうと、「ナーシングが好きになっちゃった」んですよね(笑)。
これまでは「仕事=目の前をこなすこと」でした。でも今は違う。いろんな活動を通して、自分が本当にやりたい看護とは何かに向き合い、問い直せたことで、心から看護が好きだと感じるようになりました。

ナースの形は、ひとつじゃない


僕は持病の影響で実習に出られない時期があり、実は大学を卒業するまで8年かかりました。だからこそ、看護師になるまでの苦労や葛藤を強く覚えています。皆さんもきっと何かを乗り越えて、ナースとして今ここにいるはずです。

ナースの形はひとつではありません。働き方や場所が変わっても、「ずっとナース」であることを誇りに思ってほしい。どこにいても、誰といても、ナースとしてできることは必ずあります。お金を稼ぐだけが仕事ではなく、ナーシングを“生きがい”にすることもできるはずです。自分を信じて、自分なりの形を大切にしてくださいね。

ーーガースケさん自身が、まさにその生き方を体現されていますね。

はい。僕の生き方・働き方は、まさにナースの力を多様な場所で発揮できることを示したひとつの例だと思います。ナースという軸を持ちながら、ワクワクとクリエイティブを大切に、医療と日常、そしてエンタメをつなぐ挑戦を続けていきたいです。

まずは、毎年8月10日の「ハートの日」に『CPRディスコ』の開催を続け、この思いを社会のムーブメントに育てていきます!

プロフィール

山賀 雄介(ガースケ)
看護師/保健師/コミュニティナース

「堅苦しい医療を面白おかしく地域に還元していく」をモットーに、訪問看護師として在宅医療にかかわりながらコミュニティナースとしても活動している。美味しいお酒とご飯を食べながら現役看護師と健康について語らうイベント「渋谷ナース酒場」の主宰も務める。また、一般社団法人ファストエイドの理事も務め、ペットボトルを使用した心肺蘇生法の普及啓発に従事する。2023年8月に福岡PayPayドームで開催された医療×エンタメのイベント「脈博 HEARTBEAT EXPO 2023」では、体験クリエイティブカンパニーAfro&Co.とコラボレーションし、DJの音に合わせてCPR(心肺蘇生法)を体験する「CPRディスコ」を開発し、多くのファミリーに楽しく医療について学ぶ機会を創出した。

Nurse Life Mix 編集部 Nurse Life Mix 編集部

Nurse Life Mix 編集部です。「ライフスタイル」「キャリア」「ファッション」「勉強」「豆知識」など、ナースの人生をとりまくさまざまなトピックスをミックスさせて、今と未来がもっと楽しくなる情報を発信します。

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