インタビュー#11 かげ「看護師の仕事は苦手でもなんとかなる、現場第一で勉強も頑張り続ける」

公開:2023.07.21

看護師として働きながら、その知識や経験を生かして新しいビジネスを手がけたり、看護とはまったく別の世界でパラレルキャリアを歩んだり、忙しい看護の仕事をしながらでもプライベートを思いっきり楽しんだり…。ナースとしての新しい生き方をみつけようとしているナースたちの”働き方”や”仕事観”に迫るインタビュー企画。第11 回は猫のイラストでお馴染みの看護師のかげさんにインタビューしました!
かげさんのプロフィール

大学受験のタイミングで理工学部から看護大学へ進路変更。看護師となってからは大学病院の循環器病棟で5年、異動希望を出して救命救急センター・ICUで数年勤務。体調不良が続き将来のことを考え退職し、看護学校や企業で非常勤として勤務をし、現在の総合病院の混合病棟に転職。現在は非常勤として働きつつ、「看護師のかげさん」としてイラスト関連で幅広く仕事をしている。
著書「ホントは看護が苦手だったかげさんのイラスト看護帖」など

twitter:@877_727
Instagram:@877_727
書籍:ホントは看護が苦手だったかげさんの イラスト看護帖〜かげ看〜

受験に失敗して自信をなくし、逃げ道だった看護の道で

編集部 編集部
かげさんは元々、理工学部志望だったということですが、どのような経緯で看護師になろうと思ったのでしょうか。
かげ かげ
特別、将来何になりたいというのはなくて、小学校~中学校までで数学や理科の教科が好きだったんです。
理科は特に生物・化学が。

そして、高校でも理系クラスで学生生活を送っていたので、理工学部の生命科学のような分野で学んで、企業に勤めるのかなと漠然と考えていました。

ただ、大学入試のセンター試験(現在の大学入学共通テスト)で国公立の理工学部を第1志望にしていたんですけど、これまでの模試の結果では考えられないような低い点数を取ってしまって…。

自分の中では浪人する選択肢は全くなくて、このままではまずいと、いろいろと不安に駆られて。

通っていた予備校に行って志望校を増やそうと相談しに行ったときに、たまたま近くに看護大学のパンフレットが置いてあったんです。

しかも、見てみたら受験科目も合っているし、受ける気になってしまって。
予備校の先生に「ここを受けます、願書ください」と言って帰りに親にも伝えて、そのままの勢いで受けて看護大学にいくことに決めました。

たぶん、試験を失敗してしまって自信をなくしてしまっていたので、わずかな逃げ道のように感じていて。
それだけの理由で進路を変えたんです。
編集部 編集部
看護師になったきっかけとしては、はじめて聞くパターンですね。
それで、看護大学に進み、看護師になってからはどのように働いていたんでしょうか。
かげ かげ
大学に入ってからは国家試験を受けても特にしたいことはなくて、入職した病院は実家から一番近かったので選びました。

元々は理工学部志望だったので、その名残りなのか医療機器には興味があって、たくさん扱っていそうなICUで部署希望を出しました。

だけど、配属になったのは循環器病棟で、そこで5年ぐらい働いていましたね。

途中、病棟編成があって内科外科となんでもやる病棟になったので、そのおかげで広く浅くではありますが、いろんな疾患や診療科の看護をやれるようになったとは思います。
ICU時代のときの勉強イラスト
かげ かげ
それで、次はチームリーダーになるか、管理者候補になるかの話が出たタイミングで、「やっぱりICUに行きたい」と思い、異動希望を出しました。

そうしたら今度は救命救急センターの配属になって(笑)。
一応ICUもあるんですけど、救急治療も集中治療もやるような形でそこで数年働いていましたね。

最後のほうは夜勤が月8回くらいあって体調を崩しがちになり、自分に夜勤は合わないなと感じるようになって、退職をして。

それから一時期は看護学校の講師や会社の非常勤として働き、友達の紹介で現在の総合病院の急性期病棟に転職をしました。

過去の自分と比べる、過去の自分の延長で考える

編集部 編集部
お話を聞いていると、受験や就職、異動のタイミングで自分の希望が通らないことがあったじゃないですか。

だけど、その後に数年そこでやっていくなかで、どうやって自分の気持ちに折り合いをつけていったんでしょうか。
かげ かげ
そうですね…「ここに行きたい!」気持ちが強かったらすごくショックだったかもしれないけど、希望が通らなかったからといって特別ショックを受けたようなことはなかったですね。

うまく言えないんですけど、折り合いをつけるより、「やっぱ違ったか」「ここで頑張るしかないか」という精神でいたような。

希望が叶わないのは、自分の頑張りや熱意が足りなかったからかもしれませんけど。
編集部 編集部
そうだったんですか。
希望じゃないところで気持ちの行き場を失っちゃうこともあるかなと思ったんですが、かげさんのなかではそうではなかったんですね。
かげ かげ
大学受験で失敗しまくったので、自分に期待しなくなっちゃったかもしれません。

いい意味で今はこれがいいってことかなと思い、仕事を続けるような考えになっているんだと思います。

なんかうまくいかないけど、「しゃあないな」「そんなうまくいかない」「まぁそうなるよな」って感覚で。
自分は本当にネガティブなんだと思います。

誰にも期待されていないから、それでもちょっとでも良くなるといいよねと思って挑んでいるところがあります。
編集部 編集部
なるほど。
一見ネガティブで自己肯定感が低そうな感じも受けるんですけど、でも単純にそれだけじゃないというか、できない自分も受け止めていて、高い理想があるわけではないからそこに落差はなくて。

だから、気持ちの浮き沈みはそこまでないのかなと、ふと思いました。
かげ かげ
たしかにそうですね。
何かつらいことがあっても、その受験のときよりはマシという精神で生きていますね。

自分のなかでは過去の自分と比べているところはあるかもしれないです。その過去より良くなればいいかなって。
編集部 編集部
たしかに同期と比べてしまったらもっとしんどそうですよね。過去の延長として捉えているんですね。
かげ かげ
そうですね。
同期は本当に要領がよくて、勉強もできて、コミュニケーションも上手な人たちばかりなので、比べていたらたぶん「自分終わった…」ともっと落ちぶれていると思います。

素直に尊敬していたし、自分ができないことは同期から教わったこともありました。
それよりも過去の自分、1年前の自分と比べて学んだこと、成長したことがあったかなというのを常に気にしていましたね。

「看護師のかげさん」ができるまで

編集部 編集部
かげさんはやっぱりイラスト描かれているイメージが強いですよね。
そもそも、イラストを描いてTwitterでアップしようと思ったきっかけについてお聞きしたいです。
かげ かげ
Twitter自体はゲームやアニメ、ドラマの感想をつぶやく用にかなり前からやっていました。

当時は国試の勉強を友達に教えるようなこともやっていて、解説をメモにまとめていたら、他の友達からもそのメモがほしいと言われ、面倒になったのでパソコンで絵を描いてTwitterに載せるようになったんです。

そうしたら、友達以外の反応もあって、フォロワーさんが増えるようになっていきました。

当時は今ほど医療系のアカウントがなく、「病理医のヤンデル先生」くらいだったんですけど、せっかくなら医療に特化させてみようかなと思い、「看護師のかげさん」って名前に変えました。
はじめに書いたイラスト
はじめに書いたイラスト
編集部 編集部
なるほど。
それからメディアで記事の挿し絵を描いたり、本を出すようになったりしたのはどんなきっかけがあったんですか。
かげ かげ
看護師として働きながら、相変わらず自分が勉強したことや、先輩に突っ込まれたことなど載せているうちに、あるとき「書籍化しませんか」と声をかけていただいたことがひとつきっかけです。

だけど、本を出すならペンネームで描きたいと思っていたんです。
当時はペンネームで本を書いている看護師はいなかったし、フォロワーさんも多くなかったので、受け入れてもらえる自信がなくて。

じゃあ、せめて本を買ってもらえるようにTwitterでしっかり発信していこうと思い、本の原稿を書きつつ、他のメディアでも少しずつイラストや書く仕事をもらって、SNSマーケティングの勉強もして投稿内容も意識していました。

そうして、自分のなかの目標のフォロワー数になったあたりで、本を出せることになりました。
編集部 編集部
実際にいろんなメディアでイラストや記事を出すようになって、看護師からどのような反響があったりしましたか。
かげ かげ
どこぞのよくわからない人に対して、自分が思っていたよりもこんなに気にかけてくれる人がいるんだと感じましたね。

つぶやくツイートでもコメントもらえたり、国試に合格しましたと感謝のお便りをいただけたり…。

本を出すときも喜ばれて、頑張ってきてよかったな、嬉しいな、ありがたいなと思います。

実際に、働いている職場ではそこまで「看護師のかげさん」であることを隠してはいなかったんですが、後輩で私のことを知って泣いて喜んでくれた子もいました。

「国試のときにかげさんのイラストで勉強したり、温かい言葉に励まされていたので、まさかお会いできるなんて」と。

自分がそんなに影響を与えていたんだとまじまじと実感して、今でも制作の糧になっている出来事ですね。

今後も看護師として現場第一で、看護師向けのコンテンツが作れたらいいなと思っています。

看護が苦手だったあの頃から数年、これまでの変化

編集部 編集部
かげさんははじめての著書で「看護が苦手だった~」とタイトルにもありましたよね。
あれから数年経ったわけですけど、看護が苦手だった気持ちに変化はありましたか。
初の著書「ホントは看護が苦手だったかげさんの イラスト看護帖〜かげ看〜」
かげ かげ
そうですね、元々が看護師になりたくてなったわけじゃなかったので。

看護大学に入ったときに周りの友達は看護師になりたい気持ちがはっきりとしている子ばかりで、「とんでもないところに来ちゃったな」という劣等感のようなものもあったんです。

しかも授業はやる気がなくて、成績も下のほうだったし、実習のときも「なんで看護ってこんなに曖昧なんだろう」と思うことがあって。

指導者さんと教員と言ってることが違ったりして、曖昧な世界でなんだか好きじゃないな、苦手だなって気持ちがありましたね。

それを本のタイトルにしたのは編集者さんからの提案だったんです。

今でも全く苦手じゃなくなったとは言えないですけど、それでも長く働いてきたし、看護学校の講師や会社で一時期働いたときに、やっぱり看護の仕事のほうがいいじゃん、これまでの経験や知識の貯金で働けている感覚があって、苦手は少し減ったような感覚はあります。

看護師の仕事は苦手でもなんとかなるんだなって。
編集部 編集部
イラストのお仕事もお忙しいと思いますが、かげさんが現場第一で頑張るのはなぜでしょうか。
かげ かげ
ペンネームである自分に読者が期待していることって、たぶん働きながらコンテンツを出しているかげさん像があると思うので、コンテンツを出すならやっぱり看護師として働かなきゃと思っていますね。

期待されている、応援されていることに答えたい自分がいるので、それに合わせて働くことが自分は嫌じゃないので。今の働き方はいいなと思いますね。
編集部 編集部
そんなかげさんが今後目標にしていること、チャレンジしたいことはなんですか。
かげ かげ
看護師としては、管理者になるよりは普通のスタッフでいたいんですよね、新人さんと一緒に働いたりしながら。なので、それを続けていきたいなと。

それと、コンテンツのほうでやりたいことは2年くらい先まで決まっていて、それをどんどんやっていくだけですね。

自分がやりたいこと表現したいことはたくさんあるので、目標というよりやりたいことをやり続けていく感覚です。

あとはここだけの話ですけど、ゆくゆくは黄色い猫をもう少しキャラクターコンテンツ化させたいと思っています。

だいぶ黄色い猫が「かげさん」の認識がついてきたので、キャラクターにフォーカスしたコンテンツを考えています。
編集部 編集部
え、いいですね!とても楽しみです。
それでは最後に読者の方にメッセージをお願いします。
かげ かげ
自分は看護師になる目的や目標があまり明確じゃなかったので、ふらふらしながら進路を決めちゃったと思っています。

だから、つらいこともうまくいかないこともあって、劣等感を感じながら過ごしていたんですけど、それでも今こうして看護師として働けているのは、勉強したことが何年後かに自分にとって価値のあるものになっているからだと思うんです。

なので、忙しくてモチベーションがなかなか上がらないときもあって大変だと思うんですけど、勉強したことは絶対に役に立ちますから。

空き時間などでもね、少しずつ継続が大事だと思うので、諦めずにやってほしいなと思います。
かげさんのイラストも空き時間に読みやすいもの、かわいい猫のキャラで癒やされるものが多いですよね。ありがとうございました!

聞き手・ライター:白石弓夏


看護師兼ライター。小児科や整形外科病棟で10年以上勤務。転職の合間に派遣でクリニックやツアーナース、健診、保育園などさまざまな場所での看護経験もあり。現在は非常勤として整形外科病棟で働きながらライターとして活動して5年以上経つ。
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